人類学は、世界の様々な場所における人間の生活を対象とし、その多様なあり方を記述し、それを規定する様々な条件を解明し、その潜在的な可変性を探求する学問です。

「人類」という概念は今日ますます重要なものとなっています。経済のグローバル化や国際的な開発事業の展開、旧来の倫理を揺さぶるバイオテクノロジーやAIの発展、テロリズムと難民状況の遍在、政治・経済・文化をつなぐ結節点としての地球環境問題の前面化。こうした局面において、基本的な単位は次第に「国家」や「民族」から「人間」や「人類」に移行し、後者を通じて前者が位置づけられる状況が広く見られます。「人類」とはどのようなものであり、どのようなものでありえ、どのようなものであるべきなのか。現代における「人類」をめぐる問いを実証的かつ理論的な観点から追求する学問が、人類学です。

かつて「原始人」や「未開人」と呼ばれたアフリカや南米など世界の周辺的な地域に暮らす人々を研究対象としてきた人類学(文化/社会人類学)は、私たちにとって一見して奇妙に思われる他者の日常的な生活のありかたを、長期的なフィールドワークを通じて解明してきました。近代化やグローバル化の進展を通じて純然たる「未開社会」は消えさったとしても、市場経済やITといった標準化された媒体によってつながれた現代の世界はかえって異質な他者との出会いに溢れています。都市に暮らす様々な出自からなる人々、先端的な知識や技術を生みだす科学者やエンジニア、理解の困難な信仰や信条、ライフスタイルやコミュニケーションの方法を持つ隣人たち。いまや人類学者は周辺地域だけでなく、自然科学の実験室、先端テクノロジーの社会的受容、グローバルな住民参加型開発、農村でのアートフェスティバルといった局面において様々に異なる人々が織りなす相互作用を研究しています。

調査対象が広がるなかでも、対象の細部と全体像を共に重視するフィールドワークにもとづいて重厚で詳細なエスノグラフィ(民族誌)を書くという研究スタイルは変わりません。私たちにとって異質な世界のあり方を深く掘り下げ、それによって私たち自身の常識的な思考を問いなおす。具体的な事例研究を通じて既存の分析枠組を揺るがし変容させていく人類学は、具体と抽象、ミクロとマクロ、近代と非近代、科学と文化、ローカルとグローバルといった通常は対立的に捉えられる領域を横断しながらそれらを結びつけていく学問です。

一橋大学人類学研究室では人類学をこのように理解して、春日直樹・大杉高司・久保明教という三名の教員(総合社会科学専攻人間行動研究所属)が、人類学を専門とする他の教員(地球社会研究専攻所属)とも協力しながら、教育と研究を行っています。

最近の卒業生の進路

学部

  • 伊藤忠商事
  • 日本政策投資銀行
  • 日本郵便株式会社
  • 大和証券
  • クラレ
  • NEC
  • 楽天
  • 保険協会
  • 埼玉県庁
  • 一橋大学大学院社会学研究科(進学)
  • 一橋大学言語社会研究科(進学)

修士

  • テレビマンユニオン
  • 日本経済新聞
  • 地方公務員
  • 中央大学附属中学校・高等学校
  • 北海道立北方民族博物館
  • 大韓民国歴史博物館
  • 野村総研

博士

  • 洗足学園
  • 学術振興会特別研究員PD
  • 一橋大学社会学研究科ジュニアフェロー
  • 国立民族学博物館機関研究員
  • 明治学院大学社会学部付属研究所
  • 三重大学人文学部

学位論文

博士

2018年度

深海 菊絵「性愛と倫理をめぐる人類学的考察-米国南カリフォルニアにおけるポリアモリー実践を事例として-」

2016年度

丹羽 充 「信と不信の共同体:ネパールのプロテスタンティズムについての民族誌的研究」

2015年度

田口 陽子 「市民社会と政治社会の間:インド、ムンバイの市民をめぐる運動の人類学」
渡部 瑞希 「観光市場におけるフレンドと詐欺師をめぐる人類学的考察 -カトマンズの観光市場、タメルにおける宝飾商売のフィールドから-」

2014年度

松波 康夫 「終わりなき「悩み」―エチオピア・東ショア及びアルシ地方にみられる参詣の共同性―」
McLAREN Hayley 「NEEDLING BETWEEN SOCIAL SKIN AND LIVED EXPERIENCE: AN ETHNOGRAPHIC STUDY OF TATTOOING IN DOWNTOWN TOKYO」
橋本 栄莉 「エ・クウォス-南スーダン、ヌエル社会における予言的出来事と拡張する想像力の民族誌-」

2012年度

古川 優貴 「うねる、とけあう ―ケニア、初等聾学校の子供の体の動きを事例とした“共在”をめぐる人類学的研究―」

2011年度

浜田 明範 「薬剤と健康保険の人類学:ガーナ南部の農村地帯における生物医療的な布置についての民族誌」

2010年度

前田 建一郎 「ニュージーランド、チャタム諸島における民族の生成 ―原住民土地法廷と、ワイタンギ審判所をめぐる先住民モリオリとンガティ・ムトゥンガ族の紛争を手がかりに―」
深田 淳太郎 「パプアニューギニア、トーライ社会における貝貨の使い方の人類学」

2008年度

岩崎 明子 「「ダワDAWA(くすり)」の治療的・政治的使用に関する民族誌的研究 ―東アフリカ・タンザニア海岸地帯を中心に―」

修士

2017年度

植木 悠太 「「ともになる」ことの人類学—サル学の科学史的検討から—」

2015年度

森脇 侑子 「カリプソと男性性、女性性―トリニダード・トバゴの独立から2000年代まで―」

2014年度

柳下 壱靖 「不透明さの多様性にむけて―占いと予測をめぐる人類学的試論―」
荒金 かほる 「「プリミティヴ・アート」―MUSÉE DU QUAI BRANLYを手がかりに―」

2013年度

丸橋 芽里 「異言を生きる人びと-東京都のペンテコステ教会を事例に-」
新田 栄作 「境界を作り、超えてゆくこと ―ブラジリアン柔術興隆と魅力の源泉―」
嚴 才元 「冗談と批判の間―相互に形成する韓国諷刺コメディーと社会―」

2012年度

篠原 利恵 「土俵の東、監査の西 ―大相撲における称序の方法と「アカウンタビリティ」―」
谷 憲一 「敬虔なムスリムと「近代性」 ―世俗主義批判としてのイスラームの人類学とその射程」
野口 泰弥 「アニミズムとしての生物学-擬人主義の歴史的変遷から見た自然/文化の二元論-」
山田 慶太 「ガーナ沿岸部の漁業における取引の変化 ―中央州ケープコースト周辺の事例を中心に―」

2011年度

南 宏明 「「マージナル」な人々の主体構築についての考察」

2010年度

小林 ちひろ「普遍化される「子ども達」―「想像の仲間(I.C.)」に関する人類学的考察―」
川北 慧 「米軍基地がもたらしたもの―基地の集落(シマ)の民族誌―」
難波 美芸 「近代交通の潜在能力と移動-不動性-モティリティとしての交通機関にかんする人類学的研究への試論-」
根駄 菜保子 「市場におけるモノと人の混淆 ―東京都の一公設市場を事例に―」

2009年度

太田 多聞 「ミャンマー都市部における瞑想実践に関する一考察 -マハーシ瞑想センターを事例として-」
小山 由 「我らの内なるトーテム -「血液型性格関連説」再考-」
井上 大輔 「「開拓」と庄内地区」
小田 敦史 「モノとの距離が語る感覚 -1960-70年代と現代日本のラバー・フェチの言説比較-」
橋本 栄莉 「南部スーダンにおける重層的な〈歴史〉構成 -ヌエルの「予言の成就」をめぐって-」
林 美鈴 「国民の終焉と欲望の創造−ポスト社会主義ルーマニアにおけるジプシー音楽マネレをめぐって−」
松村 雅子 「「サバール」という構え -インドネシア・ジョグジャカルタにおける「鳩遊び」-」

2008年度

水野 友美子 「誘惑する芸術作品」
森田 久美子 「儀礼を作り上げる女性たち-韓国祖先祭祀のフィールドワークから-」
出田 恵史 「クラッシック・バレエにおける動きの修得過程」
加賀 彩恵子 「日本における「発声」の規律化-学校音楽教育を中心に-」
中澤 孝洋 「ご成約の条件」
深海 菊絵 「人類学的恋愛研究の可能性-米国におけるポリアモリーを事例として-」
McLAREN Hayley 「ORIENTATIONS OF A TRADITION: TATOOING IN CONTEMPORARY JAPAN」

2007年度

木村 奈津子 「カルゴ・システム再考」
坂田 敦志 「充溢的現前と共同体 -ナショナリズム研究にみる共同体観-」
丹羽 充 「行為としての信念 -米国における保守福音派キリスト教徒を事例に-」
吉成 直子 「ヒトとモノの間で」